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2.Fomal Instruction

「理解できるインプット」の必要性は分かったと思うが、これだけでは語学の習得は難しい。

母国語に限れば、「理解できるインプット」に、チョムスキー(1957)が言うように、「人間が、本来生まれ備えた特別な言語能力」が働いて、無意識に話せるようになるというアイデアは、かなり的を得ているだろう。

ただし、そこには、膨大な量のインプットがあることと、その言葉を使う機会があることを忘れてはならない。

これが、第二言語になると、多くの学者たちが支持するように、「理解できるインプットだけは不十分」、または「効率が悪い」とされている。

たとえば、シュミット(1990)は、第二言語の習得は「意識」することが重要だと言っている。

では、意識をせずに第二言語を学習していくことが、不効率であるという例を挙げてみよう。

ある研究の中で、フランス語を母国語とする人に、英語の副詞の位置を教えるために、文法のルールを説明せずに、インプットのみで習得させようとした(Lightbown & Spada, 1999)。

ここでは、副詞を含む文章を、たくさん聞かせ、またそれを使う練習をして、無意識のうちに、英語の副詞の正しい位置を覚えさせようとしたのである。

これで、生徒たちは、I often play tennis. や、I play tennis often. のようにある程度、副詞を正しい位置で使えるようになったが、*I play often tennis. という間違った表現も、使い続けた。

これは、フランス語では動詞の後に、副詞をおくことが、文法的に正しいために、生徒が多くのインプットを得たとしても、これが英語では間違っていることに、気づかなかったのである。

僕自身の例も挙げてみよう。

つい最近のペーパーで、communicative competence(伝達能力)という言葉を以下のように使った。

"Their first goal of language acquisition should be acquiring the communicative competence."

ここで communicative competence の前の "the"は不要である。

英語教育法を学習していれば、communicative competence という言葉は、今までに何十回、何百回と、聞いてもいるだろうし、テキストなどで出くわしている。

それでもなお、この言葉に冠詞がいるのかどうか「気づいていなかった」ので、それを使う段階において、間違った使い方をしている。

このように、膨大なインプットがあったとしても、第二言語では、習得が困難なことがある。

これは、特に、母国語にないルール、母国語と似ていながら違うルール、意味を伝える上であまり重要でない文法事項に関して、顕著に現れるようだ。

確かにインプットだけで、いつかは身につくかも知れないが、どれぐらいのインプットが必要なのか見当もつかないことから、少なくとも非常に効率の悪い方法だと言われているのだ。

そこで、第二言語を学ぶとすれば、インプットだけでなく、ある程度の文法事項については、教えられた方が効率的であろう。

特に、文の意味がまったく通じなくなるような、大きな文法ミスに対しては、その訂正をしたり、文法の説明をしたりすることが大切だ。

Burt & Kiparsk (1980) は大きなミス(global error)と小さなミス(local error)を以下のように説明している。

English language use much people. という文において、 English language には、冠詞がいる、主語が3人称単数だから、動詞にsをつけるといったような細かな文法ミス(local error)を訂正して、 The English language uses many people.の文章にしても、意味が通じない。

しかし、大きなミス、ここでは語順を変えて、Much people use English language. とすれば、細かなミスが含まれていても、意味は通じる。

このように、「英語でコミュニケーションができるようになる」という目標達成には、大きなミスをなくさなくてはいけない。

なので、この部分で、生徒が間違いをおかしたのならば、訂正されるべきであるし、こういった事項に関しては、教えられるべきなのだ。

 

. 英語進化論 (理論編)
| 0. Intro | 1. Input | 2. Instruction | 3. Interaction | 4. Conclustion |

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